またまた少し前の話。
3月にSPAC(静岡県舞台芸術センター)の演劇を観た。今回の演目は「グリム童話 本物のフィアンセ」。演出は宮城聰さんだ。
この話は、恋に落ちた少女との記憶を奪われた王様に対し、少女が自分と王様の出会いを芝居にして演じ、記憶を蘇らせるというストーリー。
ただ僕の関心は、いつもストーリーよりその表現の仕方に向く。今回はリアルと虚構の違いを影絵で表現していたのが印象的だった。それは東南アジアの寺院で観るような明暗のはっきりした影絵ではなく、白く淡い影。それがこのメルヘンな世界を上手に表現していたと思うし、同時に人間の闇の部分をも表現していた。
また宮城さんは公演後のトークでこんなことを教えてくれた。
「表現したいことの100%を自分の価値観で埋めてしまうと相手に理解されない。90%以上は世間で言われている価値観を使い、残りの数%に自分の価値観を出すといい。」
表現しようとするとついつい力が入って自分の価値観てんこ盛りになりがち。だけど、伝えることが大事であるならば、表現という行為は繊細でもっと戦略的でなければいけないようだ。

マツカワアトリエhp
3月にSPAC(静岡県舞台芸術センター)の演劇を観た。今回の演目は「グリム童話 本物のフィアンセ」。演出は宮城聰さんだ。
この話は、恋に落ちた少女との記憶を奪われた王様に対し、少女が自分と王様の出会いを芝居にして演じ、記憶を蘇らせるというストーリー。
ただ僕の関心は、いつもストーリーよりその表現の仕方に向く。今回はリアルと虚構の違いを影絵で表現していたのが印象的だった。それは東南アジアの寺院で観るような明暗のはっきりした影絵ではなく、白く淡い影。それがこのメルヘンな世界を上手に表現していたと思うし、同時に人間の闇の部分をも表現していた。
また宮城さんは公演後のトークでこんなことを教えてくれた。
「表現したいことの100%を自分の価値観で埋めてしまうと相手に理解されない。90%以上は世間で言われている価値観を使い、残りの数%に自分の価値観を出すといい。」
表現しようとするとついつい力が入って自分の価値観てんこ盛りになりがち。だけど、伝えることが大事であるならば、表現という行為は繊細でもっと戦略的でなければいけないようだ。

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